プロフィール

YULY

Author:YULY
シナトラを歌う沖縄んちゅーの父と薩摩おごじょの母をもつ

1993年 鹿児島から上京
1995年 東京から岡山へ移住
1998年 岡山 piano barにてJAZZにであう
2000年 音楽好きの集まる団体“HOT HEARTS PROJECT”(観客動員数約500名、2002年に倉敷市文化連盟所属団体となる。現代音楽では初!)の運営にたずさわる。多ジャンルのミュージシャンと交流を深める

2005年 帰郷 某音楽事務所とのご縁より音楽に傾倒

♪以後フリーでジャンルを問わず音楽活動を行う♪

2006年★Neil Stalnaker(ニール・ストルネイカー)氏のツアーブッキングマネジャーをはじめ、自身も鹿児島の大御所達とLIVE!
2007年★Neil(Tp)氏と共演
2008年★井島正雄(B)トリオと共演!
★山内薫(B)末原康志(G)氏と共演!
2009年★荒武裕一郎トリオと共演!
★川越健二氏(Ds)と共演!
2010年★田口悌治(G)氏と共演!
以降も鹿児島を拠点に、九州や東京で活動。
様々なミュージシャンと演奏させていただいています。

某企業のPRビデオ出演・エンディング曲提供

主な活動場所 Jazz Club“LILETH”(リレット)
 “明日の地図”etc,,,

♪旅行中L.A.のホテルでひょんなことから歌わせてくれたあのpianisitに再び会うことができたらというのも夢のひとつ^^


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ネットサーフィンをしていて、ドラマー猪俣猛せんせいの動画を見ていた。

うちのこけら落としに演奏で来ていただいた時、
ぎゅうぎゅうだったのでドラムの周りは小さい子らが体育座りをして
真横でジャズや長いドラムソロを聴いていた。

いい音はうるさくないし、ジャンルも年齢も問わない。

思えばあれが、「ライブ」のよさを知った始まりな気がする。


先日の日曜のライブでイパネマの娘を歌ったとき、
今までになく多くのお客さまの頭が一斉に揺れた。

それはとても嬉しい瞬間でした。
私の中の「音楽の忘れられない時間」に入るとおもいます。


以前、J-WALKというバンドのドラムの田切さんに案内いただいて、
(ジュディマリの公太さんも田切さんも猪俣先生のとこ出身なのです)
広島での植木等さん主催コンサートに行きました。

聴覚障害者のためのコンサート。

そこでは、スピーカーからの音圧を感じて「音楽を聴き」、
一緒に踊っているハンディを持つ方々を見て
驚かずにはいられませんでした。


私が小学生の頃、名簿の順番が前後だったこともあり、
事故の後遺症で個性が強くなった子と毎日行き帰りを過ごし、
(その子は理科がとっても得意でいつも100点だったの!
車が横切ると怖くてしゃがむので道端の草の名前もよく知ってたなあ)


中学の頃は耳にハンディのある子が後輩にいて、
指文字を使っていたので、習ってしゃべっていました。
とってもひょうきんな笑顔の優しい子でした。


5年前、鹿児島に帰ってきて外国の方と接する機会が増えたこと、

福祉団体で歌うお手伝いをしたこと、

会話したい子が手でお話をする子だったので手話を学んだこと、

私は沖縄で生まれて、鹿児島で育ったこと

うっすら日本以外の血も入っていること



今までを振り返り、『私流に歌える歌』を唄おうとおもい、

沖縄語、英語、手話を使った童神を唄っています。


最近この曲が印象に残ったと言ってくれる方がおおく
ジャズミュージシャンもいい曲だといいながら弾いてくれるし
とても嬉しく思いましたので、書いてみました。

ライブのお礼と共に。音楽は共通語です。
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